“銀河鉄道999外伝” 「プレゼント」 (星野悠理さま作)    
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「何にも言わずに帰っちゃったね、エメラルダス・・・」
「ええ・・・」
 ベッドの端に並んで腰掛けた鉄郎とメーテルは、窓の外に広がる夜景色を見つめた。
 地上の明かりが照らしだすビルの谷間の向うに、微かに夜空の星が垣間見えるような気がする。
「あの・・」
 二人同時に声を掛け合い、思わずドギマギ、しどろもどろ・・
「あ、あの、ごめん・・今夜は心配かけてしまった・・」 
 先陣を切って鉄郎が声を掛けた。
「ううん・・いいのよ・・気にしないで・・私こそ、変に誤解してごめんなさい・・」
「いいよ・・もう大丈夫かい?」
「ええ・・」
 メーテルは少し恥ずかしげに足元を見つめた。
 あ、そうだ、と鉄郎は立ち上がると、やがてノートパソコン、それに、ショッピングバッグを持って現れた。
「?」
「これ、エメラルダスと寄った店で見つけたんだ。君へのプレゼント」 
 バッグをメーテルに手渡した。
「・・私に?・・・」
「うん、君には、いろいろ世話になっているし、それに、あの時君が一緒に来る決心をしてくれなかったら、冥王星で佐渡博士やソロモン師匠やライカールトに会うこともなかったし、なにより、俺は医師になるなんて、夢にも思わなかっただろうし・・・だから、君には感謝しつくしても足りないくらいだ。本当にありがとう。」
「バカねえ、何を言ってるの・・あなた自身が選んで、自らの手で切り開いて歩んできた道でしょう・・気にしたら駄目。」
「いいんだ。それに・・・・えっと・・・」
 鉄郎は少し俯くと、一気呵成に言い放った。
「ごめん!君の事大好きだ!!」
 言い切った〜〜〜〜!!
 呆然とするメーテルに、くるりと背を向けると照れくささをひたすら押し隠そうと努力した。
「だっ、だから、たいしたもんじゃないけど、君が気に入ってくれたらなあと思って・・」
「鉄郎・・・・ありがとう・・・」 
 一瞬、メーテルは、なぜか泣き出しそうな表情を浮かべた。そしてプレゼントの包みをいとおしげに胸に抱いた。
 さ、俺は勉強勉強と、隅っこのデスクの上でいそいそとパソコンを広げる鉄郎の傍らで、メーテルは封を開いた。
 中身を手に取った途端、メーテルの息を呑む音と動かなくなった体・・・
 (?) 気になって彼女を見つめる。
「―――エプロンーーーー」 
 メーテルの声が微かに上ずった。
 包みから現れたのは、赤いバイアスで縁取りされた、裾や胸元に可愛らしい刺繍を施されたソフトデニムの青いエプロンーーー
「ごめん、ほんとはそんなもんじゃなくてさ、アクセサリーとか、もっとゴージャスなもんにしとけばよかったよなあ、って今更後悔してるんだけどね・・・・」 
 あ〜〜やっぱり、エプロンじゃ興醒めだったか・・
「・・・・・これを・・・・私に・・・私・・・」
 膝の上に広がったエプロンの端を握り締め、じっと見つめたままようやく振り絞って出されたメーテルの声に、鉄郎は不穏なものを感じた。
「メーテル・・?どうしたの・・・?」
「ご、御免なさい・・なんでもないわ・・」
 メーテルは慌てて被りをふって目を伏せた。
 が、鉄郎は彼女の、一瞬口の中で微かに呟かれた一言が妙に心に引っかかってしまった。
 ・・・私のバカ・・・ 
 彼女が目を伏せるときーーーそれは、心を閉ざし、思いの丈をぶちまけることなく、心の奥底に無理矢理沈めてしまおうとするときの無意識の仕草――――それを鉄郎は知っている。
 急に鉄郎は不安を覚えた。
「おい、一体、何があったんだ?」
「何でもないわ!!気にしないで!!」
 メーテルの傍らに駆け寄り心配げに顔を覗き込む鉄郎を激しい眼差しで見上げ、彼女は乱暴に突き放そうとした。しかしーーー
 不意に大粒の涙が零れ落ちた。
「・・・メーテル?・・・・・・」
「・・いけない・・・ご、ごめん・・・」
 慌てて手の甲で涙を拭こうと努力するが止まらない。
「ほら」
 彼女の傍らに腰を降ろし、いきなりメーテル抱き寄せると、彼女の顔を自分の胸に押し付けた。
 しゃくりあげる声とかすかな嗚咽が聞こえてくる。
 鉄郎は彼女の髪をそっと撫でた。指どおりの良い、さらさらと滑らかな感触・・・
「まだ頑なになるのかい?・・・もうそろそろ、俺には心を開いてくれても良いと思うけど・・・」
「・・・ごめんなさい・・・」
「誤る必要はないさ・・・けど、随分長い間、心を閉ざし続けてたんだろうね。その癖が、まだ抜けないんだろうね、きっと。」
 その癖治るまで、もう暫く時間かかりそうだね・・・・そう鉄郎は笑いながら呟いた。
「ごめんなさい、素晴らしいプレゼントに、ちょっとびっくりしちゃって・・」
 メーテルは鉄郎の胸から身を離すと、涙を拭きながら笑い顔を作って見せた。
「またそんなこと言って、適当にはぐらかそうとーー」
「違うわ!!どうしてそんなこと言うの?」
「ごめん・・悪かった・・・」
「本当よ。私達ラーメタルの女にとっては、最高のプレゼントなの・・・鉄郎は地球人だから、知らないの当たり前よね・・・そう思うと、何だか切なくなって・・・」
 あのね・・・と、彼女は膝に乗せたエプロンを大切そうに両手に抱きながら呟いた。
「私の生まれ故郷のラーメタルに古くから伝わる習慣で、男性が女性の恋人にエプロンや裁縫道具、それに調理道具をプレゼントすることは、女性へプロポーズすること、という意味があるの」
「・・え・・・」
 鉄郎の頭の中が真っ白になった。
「・・・・エプロンや調理道具は、”僕のために、朝ごはんを作ってください``、裁縫道具は”僕のために服を縫ってください``・・そういう意味を込めて、プロポーズするとき、男性から女性へ送る習慣があるの。そのお返しに、女性は男性のためにご飯をつくってあげたり、服や手作りの小物を送ったりするの・・・そんな習慣があるから、つい、自分の星の感覚で思い込んでしまって・・・」
 鉄郎の心臓がぎゅっと縮んだような気がした。
 ・・・知らなかった・・習慣の違いとはいえ・・・
 ごめんといって誤ろうかとも思った。
 けれど、そうしたら、メーテルはきっと自分の勘違いということでその場を納めてしまうに決まってる。
 何事も無かったように、ありがとうと笑いながら・・・もちろん、エプロンは俺からの単なるプレゼントで・・・
 それでもメーテルは喜んで受け取ってくれるはずだ。
 けれども・・・
 それでいいのか?鉄郎・・・
 自分達のスタンスも、今までどおり何のことは無く・・・・友達とも恋人ともつかない中途半端な間柄でこの先ずっと続いて行く・・・・これからも、今までどおりに・・・・
 メーテルは顔を上げると、鉄郎ににっこり微笑んで見せた。
「びっくりさせて、ごめんなさい。ありがとーーーー」
「メーテル!!」
 鉄郎の力強い声が、メーテルの言葉を遮った。
 驚くメーテルの眼差しを見つめ返した。
「その意味――」
 鉄郎は呼吸を整えた。
「そんな意味があるのなら・・額面どおりに受け取っても構わないよ。いや、受け取って欲しいんだ」
 鉄郎の口から放たれた力強い言葉・・・・
 その刹那、メーテルの体がビクリとわなないた。
「いや・・・・もちろん今すぐどうこうしろというわけじゃなくて、俺がちゃんと君を自分で養っていけるようになってからの話だけど・・・もし、君がそのときまで心変わりしなければーーー俺からのプロポーズの言葉として受け取ってくれ」
 メーテルは、どこか焦点の合わぬ眼差しで鉄郎を見ていた。
「俺、今はまだ受験生の身分で経済力無いし、それに・・まだ・・ガキだし・・・そのうえ、地球では、たしか、プロポーズするとき使者を立てて魚だの昆布のスルメだのジーサンだのバーサンだのの人形を買ってきて彼女と両親の前にずらっと並べて、陛下のおぼしめしによりなんたらとか、幾久しくなんとかとか挨拶交わさなければならないそうだけど、俺そんなシチめんどくさいことよく解らないし、第一やり方がわからないからそんなことを勉強しなければならないし、いろいろやるのに時間がかかるから・・」
「そ、それは、たしかプロポーズを受けた後の家族ぐるみのセレモニーだったと思うけど」
 そう言ってメーテルは笑った。
 メーテルの体が、鉄郎の肩にコトンと触れた。彼女の感触が肩にかかる重みとなって鉄郎の体に伝わってくる。
「それは・・・・あなたのことを縛り付けることになりはしないかしら・・・?」 
 不安げなメーテルの声。
 鉄郎はクスリと笑った。
「俺がそんなヤワで軟弱な男に見えるのかい?」
 メーテルの指が鉄郎の腕を握り締めた。
「私、生身の人間の体じゃないのよ?」
「それは俺が元に戻してやるといっておる!!」
「私、あなたよりはるかに年上で、歩む時の流れも違ってーー」
「ええーーい!!ぐちゃぐちゃいわずに嫁に来いっ!!」
「解ってるわよ!!そのつもりなんだから!!」
「・・・・・あ・・・・・」  
 互いに口を開けたまま、二人は顔を見合わせた。
 コホンと鉄郎は軽く咳払いをすると互いに正面を向き合った。
「朝ごはん・・・がんばって作らなきゃね・・・」
 エプロンを抱きしめるメーテルの頬が微かに染まっていた。
「うん・・・・」
 気がつくと、メーテルの体に鉄郎は腕を回していた。
 そのまま腰を引き寄せた。
 見詰め合う眼差しと眼差しーーーーー
「おーーし、いけえーーーっ鉄郎!!そこで一気に押し倒せ!!」
 いきなりパソコンががなり立てた。
 ドシャ――――ッと鉄郎は床の上に転げ落ちた。
「てっ、鉄郎!!」
 振り向けばいつの間にかパソコンのブラウザ越しにお兄さんと見交わす顔と顔・・・・
「なっ!!なんだ!!家庭教師のドライ野郎!!」
「ハアーーーイ、元気かあ?」 
 家庭教師のお兄さんは、ブラウザの向うから陽気に手を振った。
「元気かじゃねえっ!!今何時だと思ってやがる!!夜中の2時だぞ!!」
  壁の時計を指差しがなりたてる鉄郎。
「こっちは朝の10時だ。医学部の出題予想分析が完了したから今から送る。大幅な変更はなさそうだ。」
「了解。・・・時差かんがえろ・・」
「なんかあったら連絡してくれ。健闘を祈る。それでは、奥さんまたお会いしましょう」
 メーテルに向かって二本指かざして敬礼を送る。
「は、はい・・お疲れ様です・・・・」
 なんなの、この人は、と酷く戸惑い顔のメーテル。
「鉄郎、今の人は?」
「家庭教師のドライのお兄さん。俺の目と鼻の先にある大学の入試情報を遠い宇宙の彼方から送ってくれる奇特な連中だ。なんて説明的なやりとり・・・・」
「ね、私のこと、奥さんですって」
「ああ・・よかったな・・・」
 うきうきするメーテル横目に、鉄郎はげっそり・・・
「あら、こちらの包みは何?」 
 見るとメーテルは、小さな紙袋を手にしていた。
「ん〜?・・・それはエメラルダスがメーテルにって・・・ちょっとした服だってさ」
 俺からのプレゼントっていえとエメラルダスは言ったけど、いいか・・・
「そう・・」
 パソコンの中にデーターが送られてくる。
 その一つ一つに眼を通す鉄郎の後ろでがさがさとメーテルが包みを開ける音。とー
「やっ、何!」 
 メーテルの小さな叫び声。
「?」
 驚いて振り返ると、メーテルの後姿がベッドの上で白いレースの広い布を広げていた。
「メーテル、どうしたの?」
「う、ううん、な、なんでもないの・・」
 彼女は鉄郎の声にびくっとしたように愛想笑いすると、慌てふためいたように包みをがさがさと仕舞い始めた。
 そして念を入れてしっかりと封してベッドチェストに慌しく押し込んだ。
「もうっ、エメラルダスったら・・・・」 
 と、ぶつぶつ口走りながら・・・
 何か、彼女の逆鱗に触れた贈り物だったに違いない・・・あ〜〜、俺からのプレゼントっていわなくて、よかった〜〜〜〜。
「わ、私、先に寝るね・・」
「うん。お休み」
「お休みなさい・・」
 メーテルは何故か落ち着かぬ様子でせわしなくベッド脇の壁にあるハンガーにエプロンをかけ、何か物思いにふけるように時折ナイトウェアに着替える手を休めながら、そっと鉄郎の後姿を窺い見ると、そそくさと毛布の中に潜り込んだ。
 鉄郎に背を向け、壁のほうを向いて横になった。
 ハンガーに掛けられたエプロンは、メーテルの枕元からよく見える。
 暫くパソコンと向き合っていた鉄郎は大きく伸びをすると一息ついた。
 振り向くとメーテルの微かな寝息が聞こえる。
 パソコンを閉じてデスクライトを消し窓際に歩み寄ると、暗闇の中で空に眼を凝らした。
 地上の灯がぼんやりと明るく映える夜空の向うを通り抜けて、空を覆い尽くす満天の星星が鉄郎の瞳にはっきりと映っている。
 なぜか、自分の体が大きく成長したような錯覚に陥った。今朝まで届かなかった頭上の窓枠からいつの間にか外を望む自分がいる。
 臍の辺りにあった下の窓枠も、大腿の真ん中辺りまで下りている。
 こんな錯覚は、彼が一人夜の闇の中に身を置いた時にしばし起る。
 それを一人、闇の中で楽しむのだ。
 デスクの上の閉じたパソコンを見つめる。
「あと1ヵ月半切ったか・・・」
 低い男の声が呟いた。
 小さな室内灯の微かな光が反映した窓に浮かび上がる男の横顔の清冽な美しさ。
 この姿は自身の夢想の産物だと鉄郎は認識している。
 ただ、欲を言えばこんな細身ではなく筋肉隆々の体がいいのだけれど・・・
 けれど、女みたいなこの顔は嫌いだ。例えるならアンタレスやハーロックのような、ぶっとくて厳つい男らしい顔がいいのに・・・・ 夢の中でさえも思い通りにはいかないものだ。
 いつの間にか幻は消え去り、元の姿の自分がいた。そう・・世の中というものは、何もかも思いどおりに行かぬもの。
 それは鉄郎も良く知っている。
 けれど・・今は負けてはいられない。
 鉄郎の中に密やかに闘志が湧いてきた。
「うおおおーーーーーしいっ!!頑張るぞおおおーーー!!」 
 窓に向かって、いや、自分の未来に向かって大声で叫んだ。
「もうっ、うるさい鉄郎・・・!」 
 ベッドの中から寝ぼけ半分のメーテルの抗議の声。
「スミマセン・・・・」
                      
 2月15日 晴れ
「筆記用具よし。受験票よし。腕時計と財布と・・・・」
「それにお弁当とお茶」
「おっ、サンキュ」
「忘れ物はないわね?」
「うん大丈夫」
「気をつけて。頑張ってね」
「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃい」
 ムーンライトタウン郊外のアパート。
 鳥の囀る朝もやの中を試験場に向かう鉄郎の後姿をメーテルは玄関から見送った。
(大きくなった・・・・)
 鉄郎と初めて出逢った地球のメガロポリス・ステーションを思い出した。
 いつの間にか、彼女と鉄郎の立ち位置が大きく逆転していた。
 っと自分を下のほうから見上げていた彼が、今は遥か上から見下ろしている。
 それとともに次第に声も低くなっていた。
 ここ一ヶ月半の間に、鉄郎は瞬く間に10センチ以上背を伸ばしていた。
 今現在、175センチ。
 常識では考えられない状態なのだが、なぜか鉄郎に対しては、妙に自然に受け入れることが出来る。
 一緒に男らしいがっしりとした体つきになって欲しいとメーテルは思うのだが、そう上手くはいかないようだ。
「無駄に背ばっかり伸びてくような気がする・・・」
 鉄郎の姿が靄の向うに消えると、メーテルは部屋に戻った。
 さてと、今夜はお疲れ様パーティやらなければ。
 きっとおなかをすかせて帰ってくる。


 3月3日 快晴
 うららかな春の昼下がり。
 タイタンの市民会館前で、エメラルダスはメールを受け取った。
 ――――サクラ サク 次ハ 医師ノ国家試験ヨ  メーテルーーーーーー
 メールを見たエメラルダスの口元が綻んだ。
「おめでとう。鉄郎、メーテル」
 早速返信のメールを送る。
 手にした花束を抱えなおすと、足早にホールへ向かった。
 今日はまゆのオカリナ教室の発表会。
 足元の花壇には、早咲きのチューリップの花。
 振り仰げば青空に、一筋の飛行機雲――――――

                                     終わり
                                             2005 4・2   by−yuuri−Hoshino
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